単なるイベントや歩行者天国ではなく、歩道の一部をみんなの場所として活用し、まちで過ごす日常の時間を豊かにしたいーーそのための手段として、「ほこみち(歩行者利便増進道路)」の指定を目指す社会実験が、福島県いわき市平(たいら)で行われていました。
その名も「いわき駅前公園化計画」。
ほこみちプロジェクトチームがその真っ只中に取材に行ってきました。
国交省担当者からの「ほこみち使ってみる?」が背中を押した
▲官民それぞれの立場でほこみちを目指すたいらほこみちプロジェクトチーム
――みなさんがほこみちを目指すに至った経緯などを教えてください。
北林さん わたしは元々両親が持っているビルの3階でイタリアンレストランを経営していました。それで、2015年から商店会の青年部メンバーで「三町目ジャンボリー 」というマルシェを始めました。ちょうどビルの前から西側の平三町目は歩道が拡幅されていたため、最初は歩道のみで開催していたのですが、2019年からは車両通行止めにすることが出来、歩行者天国にして開催して来ました。わたしが小さい頃、近くの銀座通りが歩行者天国になっていた時期があり 、まちで遊んだいい思い出を、今の時代にも復活させたかったんです。
そんな活動をする中で、もっとまちの人の居場所を作れないかという想いがあり、ビルの1~2階が空いたタイミングで「GuestHouse&Lounge FARO iwaki」(以下、「FARO」という。)をオープンしました。ほこみち制度のことを知ったのは、FAROがオープンしてからのことでした。
▲FAROの前で話してくれる北林さん
小野さん わたしはいわき市役所 産業チャレンジ課で、中心市街地の活性(以下、「中活」という。)を担当しています。2017年に策定した中活計画では「歩いて楽しい商店街づくり事業」を推進してきました。2年前の いわき市都市計画審議会の場で、委員として参加していた国交省、福島県そして、北林さんが、歩いて楽しい商店街の話題で盛り上がっていたときに、国交省の方から「それならほこみち制度を活用してはどうか」ということが話題に挙がりました。
そこで、既に北林さんが取り組んでいた活動を後押しして、中活のために道路を活用していこうという話になっていったと聞いています。
長さん いわき市役所 都市計画課の職員です。いわき駅前は、行政や民間によるハード整備が活発化していて、駅北口の(仮称)磐城平城・城跡公園事業、いわき駅並木通り地区第一種市街地再開発事業、商業施設「Paix Paix(ペッペ)」のリニューアルなどが進められてきました。一方で、空間の利活用などソフトの仕掛けができておらず、賑わいある道路空間やウォーカブルなまちづくりが課題となっていました。
先ほどの話にあった都市計画審議会の場で、ほこみち制度を活用するという道筋が見えた。これだと思いました。
▲いわき駅周辺における再開発の計画(画像提供:いわき市)
山崎さん 私は6年前から「たいらまちづくり」というまちづくり会社(以下、「まち会社」という。)を経営しています。以前から中高生向けのフリースペースを運営していましたが、コロナ禍で人が集まることに制約が出てしまいました。それなら外にテーブルや椅子を置いたらどうだろう?、と。そんなアイディアを色んな人に話していたら、「ほこみち制度の活用に向けて色々やっている人がいるよ」と紹介され、北林さんと繋がったんです。今はまち会社が社会実験の主催団体となっています。
――みなさんがそれぞれ感じていた課題感や目的が、一気に繋がったのですね。それにしても都市計画審議会の場がきっかけになったというのには驚きです。
長さん 審議のあとのフリートークの場でしたけどね。ただ、その場には、国交省、福島県、いわき市などの関係者が揃っていたんです。それにより、方向性の擦り合わせが一足飛びにできました。
そこからは、指定に向けて何をしていくのか、国道399号は県が管理しているのだから県にも議論に入ってもらおうなど、どんどん具体化していきました。道路占用は行政的な申請なので、市の都市計画課でお手伝いをして、県とのパイプ役も我々が担っています。
地元への想いが原動力!将来世代に残したいまちの居場所づくりへ
――社会実験に関わるメンバーについても教えてください。
北林さん 先に紹介したまち会社の山崎さんやわたしのほかにも、カメラマン、フリーペーパーを作っている人、いわき駅前再開発ビルの担当者、劇場の職員など、多様な面々がこの社会実験に関わっています。
吉田さん わたしは平(たいら)のまちなかで遊んで育ちました。社会実験ではカメラマンというスキルを活かして、チェキを貸し出し、参加者とフォトウォークを行いました。まちの魅力をいろんな人に気づいてもらおうと思っていましたが、わたし自身毎回違う発見があり、ほこみちへの活動をきっかけに、知らなかったまちを知ることができました。
高木さん 仕事では、いわき市を中心としたフリーペーパーを作っています。わたしはこの社会実験の中で、やりたい方のサポートができればと思っています。フリーペーパーは市内各地にも配布しているので 興味のある人が参加できるきっかけを作りたいです。まだ内輪感があるので、どうやっていろんな人が混ざりやすくしていくかが、課題だと思っています。
田久さん わたしはラトブコーポレーションという、いわき駅前地区再開発によってできた複合施設「ラトブ」の管理運営会社に勤めています。再開発ビルの管理が本業ですが、社長もわたしも地元出身で、どうやったら人が溢れていた頃のようになるかという想いを持っており、それが今回のほこみちへの活動に繋がっています。
前田さん いわき市直営の劇場「いわき芸術文化交流館アリオス」で働いています。私の動機は、みちで合法的に遊びたいということです。アーティストが、常に流れて出入りできる路上を作りたいと思っています。立場的には、劇場があるのに、外でパフォーマンスをやるのはなかなか説明が難しいのですが(笑)、路上でアーティストの能力が磨かれ、まちの潜在的な強さが伝わっていくといいなと思います。
――本当に様々な方が関わっていらっしゃるのですね!
田中さん 民間プレイヤーのみなさんそれぞれが得意分野を持ち寄ってここまで来ました。わたしは都市計画課職員ですが、行政の役割は地域のみなさんの下支えです。まちづくりは色んなプレイヤーが関わらないと進めていけないので、繋いだり、体制を整えるのがわたしたちの仕事だと思っています。
――「いわき駅前公園化計画」というプロジェクト名称はどうやって決まったのですか?
北林さん プロジェクト名称は、市民約30人が集まったワークショップで決めました。みちの使い方を考えていくうちに「公園化」という言葉が浮かび上がってきたんです。目的がわかりやすいですし、本格運用のときにもシーンが思い浮かぶようにということで決定しました。
▲交差点に設置された「アジト」にはブランコやテントなどが設置され、旗が立っている
――公園化と言われると、くつろいだり遊んだりしていいんだ、と誰にでもイメージが湧きやすいですね。いわき駅前大通りがどんな“公園”になったらいいなと思われますか?
北林さん 平(たいら)に住んでいる人たちが、日常的にまちを散歩したり休んだりできるといいですね。
さらにいわき駅前はいわき市の中心でありハブとなる場所でもあるので、他の地域の人たちにも「表現の場」として活用してもらいたいです。すでに、来年あたりに出店したいという人も出てきています。ただ、商業施設のような集客ができるわけではないので、あくまで「チャレンジの場」。定期的にやることでファンを作りたいと思っています。
もうひとつは、いわき駅前には高校がたくさんあるので、高校生たちが学校帰りに立ち寄る場所が広がるといいなと思います。わたしたちが学生の頃は目的もなく平(たいら)に居られたけれど、今は何もなく、大人として申し訳ない気持ちがあります。高校を卒業したら車の免許を取って遠くへ出かけることもできるけれど、高校生活はまちなかで遊んだ思い出を作ってほしいです。
――これまで3回の社会実験を行われてきていますが、どのように取り組みを展開してこられましたか?
北林さん 2023年11月3日~19日(17日間)の第1回社会実験では、まち歩き、ワークショップ、焚き火、動画配信、コスプレなど、多くのプレーヤーの皆さんが多彩なコンテンツを持ち寄り、思い思いにみちとまちを使ってみました。
▲チェキを使ったまちあるきイベント(第1回社会実験)(写真提供:たいらほこみちプロジェクトチーム)
北林さん 2024年6月8日~16日(9日間)の第2回では、対象エリアに人工芝やテーブル、椅子、ハンモックなどを設置し、みちやまちをほんの少し居心地よい空間にできたらどうなるか、どう感じるかをテーマに取り組みました。
▲人工芝と木製パレットのベンチが出現(第2回社会実験)(写真提供:たいらほこみちプロジェクトチーム)
北林さん 2024年9月28日から実施中の第3回では、これまでで最長となる65日間の開催期間を設定し、長期間でも不測の事態がないかを検証しています。什器もこれまでは間に合わせの仮設でしたが、長期間置いても問題ないものを選定しました。
また、第1回目の社会実験は対象エリア全体で空間づくりをしましたが、第2回目と第3回目は手を挙げてくれた事業者の敷地の前4ヶ所だけです。管理上、夜はハンモックやブランコは使えないように外してしまっています。こういったオペレーションもやってもらえる事業者のみで、小さく実施することにしました。
▲店舗前の空間は店舗事業者がそれぞれ維持管理を行っている
▲建物側に通行空間を確保し、滞留空間は人工芝でゾーニングしている(写真提供:たいらほこみちプロジェクトチーム)
北林さん 第1回から実施している歩道上での焚き火は、まちの人たちも最初は驚いていましたが、すでに「普通」になっていますね。特に若い子たちは順応するのが早いです。
焚き火の日に、歩道を使ったコスプレイベントを開催していて全国から50名くらいのコスプレイヤーさんが参加してくれたのですが、その内何人かコスプレのまま焚き火に立ち寄ってくれました。地域の人と話が盛り上がり過ぎて終電を逃し、家まで送ってあげたりしたことも(笑)。
▲当たり前の風景になりつつある焚き火の風景(写真提供:たいらほこみちプロジェクトチーム)
完全手作りの社会実験で、連携の輪が広がっていく
――どこの誰だかわかっている顔見知りが広がっていくと、安全で安心なまちなかになりそうですね。まちの人の参加・巻き込み・連携についての手応えは感じておられますか?
北林さん 「アジト」と呼んでいる交差点の滞留区間は、毎回商店街の文房具屋さんから木製パレットをお借りして作っています。歩道に置いている椅子やテーブルはまち会社のメンバーでもある真砂不動産さんや山崎工業さんが持っているものを持ち寄って使っています。
▲木製パレットを使ってDIYしている什器は、毎回違うデザインが楽しい(写真提供:たいらほこみちプロジェクトチーム)
山崎さん 手作りのパークレットは、福島高専の都市システム工学科の学生さんがデザインしてくれたものを、まち会社が発注して作りました。資金については、市の補助を受けたほか、市内の企業にお声がけして1社あたり10,000円の資金を募り、50社から支援をいただきました。企業の中には、「10万出すよ」という会社もありましたが、多くの事業者さんに知って参画してもらうために、あえて少額に設定しました。
長さん 学生さんもフィールドワークの貴重な機会となったようで、関わってくれた子が都市計画課にインターンシップに来て、「将来は地元のまちづくりに関わっていきたい」と言ってくれました。こういう経験をした学生さんが、将来地域に還元する立場になってもらえると、最高だと思います。
▲駅を降りると迎えてくれるのは学生がデザインしたパークレット
山崎さん 沿道店舗の反応は様々で、商売をしている人は「賑わっていいね」と言ってくれたりしますし、まちなかでの会話も増えました。一方、関心がないと「うちは関係ない」と言う人もいますし、「ごみが落ちている」「夜中まで騒いでいてうるさかった」というクレームの声もあります。
すべての課題をクリアにしてから始めようとすると何もできないので、共感してくれる人たちとスモールスタートすることにしました。
北林さん プロモーションとしてWEBサイトやSNSで情報発信しているのですが、ある市役所職員が業務時間外に個人として、WEBページの立ち上げから出店・催事申込ページの作成、毎日のSNS投稿まで、プロボノ的に携わってくれています。
また、国道399号と交差する商店街にも賑わいを波及させたいと思っていて、商店街会長から各商店街、各店舗にポスターを配ってもらいました。「手伝いはしないけど、理解している」という人をまずは増やしていければと思っています。
それぞれの力を結集して、輪が広がっているのを感じます。
――今後の予定を教えてください。
長さん 市では、令和6年度中のほこみち指定を目指しています。より効果的な運用を目指して、占用者の公募も見据えてやっていきたいと思っています。
――最後に、みなさんの活動の源となっている想いを聞かせてください。
北林さん 自分たちが楽しくないことはやっていません。どうやったら楽しいかを考えてやっているだけなんです。市役所職員も商店主もみんな「市民」。それぞれが自分の得意分野を持ち寄って活動しています。そんな大人の姿を子どもたちにも見てもらいたい。隠さずに出していきたいです。
いわき市では、高校を卒業したら進学してまちを出てしまう子が多いです。出ていっても、SNSで検索すれば、いまどんな風に盛り上がっているのかが手にとるようにわかるように、そして懐かしいな、帰りたいなと思ってもらえるように、頑張っていきたいと思います。
▲路面のスクエアタイルを活かしたオセロには、子どもたちが自然と集まってくる(写真提供:たいらほこみちプロジェクトチーム)
――いまだけの賑わいを創るためでなく、10年後の魅力的な日常のために。民間プレイヤーが始めたみち活が、市や道路管理者を巻き込んでムーブメントになっていったいわき市。ボトムアップ型のほこみちのスタートを楽しみにしています!ありがとうございました。